片山富士
江戸時代に広まった「富士講」

新座市指定民俗文化財(有形)「片山富士」 令和二年三月二十四日指定
当山と富士講
富士講とは
江戸時代に成立した民衆信仰のひとつ、特に江戸を中心とした関東で流行した。長谷川角行(1541~1646)が富士講の開祖として有名です。山岳信仰(山岳に霊が宿っていると信じ、私たちの命の糧となる川や裾野を大切にする)の一つです。特に富士山は、本邦最高3776㍍の標高を持ち、また遠くからは優雅で美しい姿を眺めることができます。富士山の頂上を目指すことは多くの人の憧れでもありました。
当時も現在も、富士山への登頂は魅力的ではありますが、一方その自然環境は非常に過酷であり、登山者が絶命する危険すらあります。
しかしながら当時、富士山へ登頂を成功した者もおり、そういった“神業”を持つ人(講元)を崇拝する信仰が生まれました。庶民は、願いを講元に託し、代参(代わりに参拝)して頂く「講」(グループ)が各地に誕生します。
浅海吉右衛門
当地では、浅海吉右衛門(不詳~一八四四、行者名「芙行蓉厚」)が、富士講を開講し、「吉講」(丸吉講)と称します。そして富士山登拝をたびたび成功させます。村民は、その威神力を讃え、当地を中心に多くの分講が組織されました。丸吉講と吉右衛門の名は近在に広く知られることとなりました。
吉右衛門は他の講徒、女性や老人、そして子どもまで登拝できるように、と考案し、富士山を模して築造したのが「片山富士」である。
山内には吉右衛門が三十三度の登拝大願を成就した記念として、天保二(一八三一)年の逆修(生前供養)塔が建立されている。
(概要)
円墳形状
高さ約7.2㍍
直径 約35.3㍍
【片山富士一般公開】
毎年4月8日、新座市教育委員会の協力の元「片山富士」の一般公開を行なっております。
詳細は、新座市歴史民俗資料館 (れきしてらす) 又は市の広報をご覧ください。